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高遠ユミ(yumi131ff)

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NHK BSプレミアム「怪しい文学館」第一回が谷崎潤一郎の「春琴抄」だったので見てみたら、この企画書いた人、ひょっとして私のブログ見たんじゃないの?と思うような内容のリンクっぷりで、ニマニマしながら観ておりました。大谷崎を「変態、変態」って、そりゃあ芸術家と愛人はちょっと変態ぐらいが面白いに決まってるでしょう。

今回は芥川龍之介です。

芥川の王朝物(「今昔物語」や「宇治拾遺物語」を元ネタにした平安時代が舞台の短編)がとても好きなのですが、その中から「好色」「芋粥」「六の宮の姫君」「偸盗」を。

名作文学を低俗な目線からお届けするわたくし、まずスカトロ物です。

akutagawa1.jpg

◆「好色」

平の貞文(たいらのさだぶみ)、通称・平中(へいちゅう)、平安のドン・ファン、モテ男。モテすぎて男友達の義輔は「罪つくり」とひがみ交じりに中傷するが、肯定派の範実にいわせると、
「好色の天才の功徳は、女だけが知っている」
「どの位女が平中の為に、無上の歓喜を味わったか、どの位女が平中のために、しみじみ生き甲斐を感じたか」
しかし、手に入れた途端、その女に飽きて新たな恋を求める平中。
いるいる、いますね、こういうタイプ。

そんな平中にもなかなか落とせない女がいた。
いくら文をしたためても返事ひとつ寄こさない侍従。なかなか落とせないと熱くなる。熱くなるほど相手に振り回される恋愛の法則。
翻弄されすぎ、いっそ諦めるため、相手の「あさましいところ」を見て冷静になろう作戦。侍従が用を足した箱をかたづけに行く侍女からそれを奪い取り、中身を見ようとする。女の糞を見れば百年の恋も醒めるだろうと。
ところが、美しい蒔絵の蓋を開けると、糞小便さえかぐわしく、信じられない平中は箱の中の水を啜り、糞をつまんで匂いを嗅ぎ、ついには口にしてしまう─。


子供と犬は「ウンコ」が好きだ。汚くて臭いのに、人は「ウンコ」と聞くと笑ってしまう。一番見られたくないところは、好きな人に限り、一番愛しいところでもあるのかも。

「ウンコは大事だ」by 虎影(斎藤工
ぜんぜん関係ありませんが、映画「虎影」の中で唯一説得力のあったのが、子供が小さいときは子供のウンコを拭き、妻が老いたら妻のウンコを拭く、というセリフでした。

「好色」は初めて読んだときから、笑っていいのか何なのか、反応に困る小説でしたが、苦笑してよいのだろうと思います。
ネタバレすれば、平中より上をゆく侍従が、あらかじめ香細工の麗しい糞を準備していたのですが、平中はショックのあまり、その場にばったり倒れてしまいます。
他人から見たら滑稽な話ですが、恋に盲目になっているときは、たとえ排泄物でも相手の体から出るものは神々しく見える。えっ、そんなふうに思ったことない? それは幸せなのか不幸なのかな。

平中の容貌は「下ぶくれ」で「ふっくりと肥った頬」。光源氏と同じ、この時代のイケメン基準は現代の隣のオジサンかもしれません。


◆「芋粥」(いもがゆ)

風采の上がらない五位(ごい)は、同僚はもちろん、道端の子供にさえ見下される。馬鹿にされても怒れない、臆病で意気地のない男。
そんな五位のたったひとつの愉しみは、年に一度、饗宴で出されるほんのちょっぴりの芋粥を啜ること。芋粥をいつか飽きるほど飲んでみたい、というのが五位のたったひとつの夢。それを知った、五位とは全く正反対に財力も立ち振る舞いも立派な利仁が、その夢を叶えてやろうと申し出て─。

最初に読んだとき地味な作品だと思って、今読んでもやっぱり地味でしたが、なぜか心に引っ掛かる。五位のような人がそばにいたら、やっぱり同じように冷淡に扱ってしまうかもしれないけれど、もしかしたら五位は自分でもあるかもしれない。いじましく、そしていじらしい感じがして憎めない。
果たして願いというのは、叶わず思い続けるほうが幸せなのでしょうか? そうともいえるし、そうともいえない切ないテーマですね。

↓ 太田光似?

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◆「六の宮の姫君」

昔堅気の両親に大事に育てられた箱入り娘。ところが姫を残したまま両親は相次いで他界。世間知らずで世知に疎い姫の暮らしはどんどん傾いてゆくが、なすすべもない。そんな姫に丹波の前司なにがしの殿が言い寄る。暮らしのために男に肌を任せるのかと嘆く姫だったが、男は意外に容姿も性格も良く、恋とは呼べないものの、姫もこの男を受け入れ頼るようになる。男の助けで華やかさを取り戻す家の中。
しかし男は遠方へ赴任することになり、五年経てば戻ると言い去ってしまう。
五年が過ぎても男は戻らなかった。その間に姫の屋敷はすっかり荒れ果て、乳母以外の召使いたちも去っている。持ち物や着物を売って食べ物と代える生活だが、世間を渡る術を知らぬ姫は琴を弾き歌を詠む以外何もできることが無く、姫をいたわしく思う乳母も時どき無性に腹が立つ。暮らしはいよいよひっ迫してゆき─。

「極楽も地獄も知らぬ、不甲斐ない女」と冷たい烙印を押される姫ですが、私の中ではどこか源氏物語の女三の宮とも被るところがあり、見た目こそ美しいが、中身が凡庸、魅力に乏しく、生きるエネルギーが薄い。(女三の宮はのちにもう少し強い女となりますが)これがブスだったら最初からスルーされたかもしれないのに、なまじ男の目を惹くほどの外見があるばかりに中身の薄さが際立ってしまう不幸。生まれ持った性質が淡泊な、芋粥の五位にも重なる、主張のない人の生きにくさは平安も今も同じような寂しさが心に残る作品です。


◆「偸盗」(ちゅうとう)

さて、こちらは真逆に、生きることに貪欲でエネルギッシュな悪女が登場する話。
容姿にコンプレックスを持つ太郎と、美しく人懐こい性格の弟・次郎。
二人の兄弟が愛する女・沙金(しゃきん)は、女だてらに盗賊の頭。
大胆で多情で嘘つきで残酷、兄弟のどちらとも、また養父とも関係を持ち、男たちに嫉妬の争いを起こさせる彼女は、

「小柄な、手足の動かし方に猫のような敏捷さがある」
「顔は、恐しい野生と異常な美しさとが、一つになったとでも云うのであろう、狭い額とゆたかな頬と、鮮やかな歯と淫な唇と、鋭い目と鷹揚な眉と、──すべて、一つになり得そうもないものが、不思議にも一つになって、しかもそこに、爪ばかりの無理もない」

なまめかしい女であります。
淫らな寝姿を眺め、
「どうして、自分がこんな女にひかれるのだろう」
と思うこともありながら、血を分けた兄弟で一人の女を取りあう状況に苦しむ太郎と次郎。

沙金の母・猪熊の婆、その夫・猪熊の爺、白痴の少女・阿濃(あこぎ)などが絡み、他の作品と比べるとドラマチックで、芥川龍之介本人は悪作とし、生前は単行本に収録しなかったそうです。著者自身が「安い絵双紙」、「性格が支離滅裂」と評す、それもわかるけれど、いわゆるファムファタル物のわくわく感があり、最初に読んだときはすごく面白いと思いました。
(登場人物の性格が支離滅裂なのは今期の朝ドラだよ笑)

ちなみに沙金も平安の美女基準なので「肥った、美しい女」です。

沙金が兄弟の片方にもう片方を殺そうと持ち掛けるシーン、
「卑怯でも、仕方がなくはない?」
というセリフ。この「仕方ない」というセリフ、あちこちに登場し、たとえば「羅生門」の、生きるには手段を選ぶいとまがなく、
「盗人になるより仕方がない」。
また「運」の中の、「人を殺したって、物取りの女房になったって、する気でしたんでなければ、仕方がないやね」

法というものが整備されていると法基準で考えてしまいますが、そういう考えが希薄な時代の、境遇により盗んだり殺したり、また、邪魔になったしつこい恋人を始末するのも「仕方ないよね」という、ストーカー法なんて生ぬるい、ナマの人間の道理がむやみに生き生きした、恐ろしくも美しい無常の世界なのでした。

背景の描写も素晴らしく、「芋粥」の野の風景、偸盗の汗ばむ夏の昼間の描写や衣、物語から色彩が鮮やかに浮かびます。

完成度や芸術性の高さでいえば、「藪の中」、「羅生門」、「地獄変」あたりが傑作になるのでしょうが、あえてそれ以外から好きなのものを選んでみました。


↓ 「羅生門」 「鼻」 「芋粥」 「運」 「袈裟と盛遠」 「邪宗門」 「 好色」 「俊寛」収録



↓ 「偸盗」 「地獄変」 「竜」 「往生絵巻」 「藪の中」 「六の宮の姫君」収録


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