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高遠ユミ(yumi131ff)

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昼間は真面目な女教師が、夜はバーで男をあさり、刺殺死体となり発見される── 
そんなスキャンダラスなあらすじに惹かれてこの映画の原作を手に取ったのが中学生のときだったのは覚えていますが、読んだ当時この内容を理解していたとは到底思えません。その後、テレビかレンタルで映画も観たはずですが、忘れかけていた名作をCSでひさしぶりに観ました。原作本はもう手元にありません。

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堅い職業を持つ女性の別の顔というと、東電OL殺人事件などありますが、この「ミスターグッドバーを探して」も実在の事件が元になっています。女性の二面性など最近では特に驚かれないのかもしれませんが、映画は77年公開、元になったロズアン・クイン事件は74年と、背景には女性解放運動もあり、当時話題になったようです。

若い頃のリチャード・ギアがチャラ男役で、またトム・ベレンジャーなども出ていて今見るとダサくて可笑しい。

〈あらすじ〉
カトリックで口やかましい親の元に暮らす女子大生・テレサは、子供の頃ポリオにかかり、曲がった背骨を手術した大きな傷跡が残っている。
既婚者の大学教授・マーティンと初めて肉体関係を持つが、やがて飽きられ捨てられる。
スチュワーデスとして飛び回るブロンド美人の姉・キャサリンは、酒とマリファナ、ポルノフィルムに乱交と、奔放な生活を送る。自由な姉の生活を見てテレサもまた煩わしい親元を離れひとり暮らしを始める。

聾唖(ろうあ)学校の教師となり熱心に生徒を教える一方で、夜はバーへ入り浸り快楽を求める。ベトナム帰還兵でイカレたトニーなど、不特定の男たちをアパートに連れ込むが、ある日、福祉のケースワーカー・ジェームズと出会う。テレサに好意を示すジェームズだが、テレサは父に歓迎されるほど好青年である彼が鼻について愛せない。彼の求愛をしりぞけ、コカインと行きずりのセックスを求め続けるテレサだが──。

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〈キャスト〉
テレサ:ダイアン・キートン
マーティン:アラン・フェインスタイン
テレサの父:リチャード・カイリー
トニー:リチャード・ギア
ジェームズ:ウィリアム・アザートン
キャサリン:チューズデイ・ウェルド
カリー:トム・ベレンジャー

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教師だろうが真面目なOLだろうが、仕事とプライベートは別ものだし、健康な女性である限り性欲があって当たり前。
セックスと愛はワンセットで手に入ればそれほどお手軽なことはないけれど、両方が無理ならせめてどちらかだけでも、と願うのは自然なこと。

本当は愛が欲しかったし、求めていた。
最初の男・マーティンにはごく素直に愛を求めたけれど拒否された。
クリスマスプレゼントさえ受け取ってもらえなかった。
何曜の何時にまた来る、というトニーの言葉を信じて待ったけれど現れず、「行くも行かないもオレ次第」といわれた。
愛を求めるのをやめ、手っ取り早く欲望を満たすことを求めるようになるテレサ。

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子供時代の病気のせいで肉体的なコンプレックスも持つテレサにとって、セックスすることは自分を受け入れてもらえると思える行為でもあったと思う。
家を出るときに父親が口走る、「さんざん世話を焼かせておいて」という言葉に反応するテレサ。単に「育ててやった」ということの他に、「病気のせいで手を焼いた」という意味を読み取り余計に腹が立つ。看病や治療費が大変だったのは確かだろうが、病気の本人だって大変だったのである。親の義務を恩着せがましく言われるのなら、「病弱な体に産みやがって」と言いたいところをぐっと飲み込んで家を後にする。
(父親は、「うちの母は健康でパーフェクトな子を四人も産んだ」と何かにつけ遺伝的な問題はないことをアピールするが、実は背骨の曲がった妹がひとりいた)

子供好きなのに、自分の子供は望まず避妊手術を受けるのは、病気の遺伝の心配と、自分の親子関係にうんざりしているせいもあるかもしれない。

堅実な仕事を持ち、経済的には男に頼らなくても生活できる身となり、自由の切符を手に入れる。にぎやかな自由もあれば、寂しい自由もあって、「自由」はまたの名を「孤独」ともいうのかもしれない。

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耳の不自由な子供たちに親身になって教える姿と、夜な夜なバーへ繰り出す姿が、夜、昼、夜…と交互に映し出され、堅い仕事ゆえに発散も必要だし、愉しみを得ることで生き生きと仕事をこなす原動力となっている、若い女性のごく健康的な日常に見える。

もちろんそれが恋だったらもっと良かったけれど、男に左右されることをいったん放棄してみたのだ。
男を待つことをやめ、翌日の仕事に差し支えるから情事が終わったら泊まらずに帰って欲しいという割り切りは男性なら許されるはずのこと。「ことが済むと煩わしくなる」とは最初の恋人に言われたセリフだった。

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最初に付き合ったマーティンと別れるとき、自分のどこが厭なのか問い詰めるテレサ。飽きたものに理由を探したって無駄なことをまだ知らない。
やがてウザくつきまとうジェームズに同じことを問われ、「どこかで聞いたセリフね」と笑う。
「なぜ人を傷つける」と問われても、人は自分がされてきた接し方を反復するものだから。
でもテレサ、男のセックスを笑ってはいかん、それは本当に傷つけるって。

キャサリンが最初の夫のことを、「いい人だけど退屈。見ていてイラつく」というのは、テレサがジェームズに抱く感情と同じ。いい人だからって愛せるわけじゃないのは男も女も一緒。このジェームズ、一度ぐらいで諦めないという果敢なアタックは認めるものの、真面目なだけにしつこい! だんだんストーカーじみてくる。どんなに尽くされてもノーなものはノーなのだ。

恋人のいない男性にはお金を払えば手軽に済む性風俗のサービスはいくらでもあるけれど、女性が欲望を満たそうと思うとそれなりの危険が伴うのが世の常。(もっとも決まった相手だってDVや、別れたあとのストーカー行為など、必ずしも安全とはいえないけれど)

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父の機嫌を取るのがうまく、両親の自慢だった姉のほうが実はフリーセックスやドラッグにどっぷり浸かっており、断酒会、グループセラピーと時代の流行のまま流れてゆく。そのキャサリンが心の支えと信頼するテレサは姉に比べ不器用で、どう転んでも男を手玉に取るようなタイプではない。
息苦しい実家から手っ取り早く逃げ出す方法に「結婚」があるけれど手っ取り早い方法は選ばなかった、もしくは選べなかった。
行いが悪くて地獄へ堕ちたわけではなく、もし生きていたら愛し合える人と出会う可能性だってあったはず。

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この作品、「女の自立を目指した末の転落」的に語られることが多くてびっくりします。
「セックス・アンド・ザ・シティ」が放送される20年前の映画なので、公開当時ならともかく、これを観て今でも「女が遊ぶと痛い目に遭うのだ」的な感想を持つとしたら相当古めかしい考えの方でしょう。決して道を踏み外したり、悪いことをしたわけではない。欲求に従っただけなのに。

男性上位の時代にもがいてももがいても、父親に、恋人に、そして行きずりの愛人に、男の力で人生を抑えこまれ、薄幸な女性だったし、不幸なアクシデントで死亡したとは思うけれど、「転落」とは思わないし、「馬鹿」とも「惨め」とも決して思えない。殺されてしまったから有名になっただけで、テレサと同じようにミスターグッドバーを求めてさまよう女はいつの世もたくさん居るはず。

「グッドバー」のバーはもちろん男を物色するためのバーでもあり、「バー=棒」に引っ掛けて「理想のナニ」「タイプの男」という意味だそうで、大きな意味では「理想の生き方」「理想の人生を求めて」、という
「Looking for Mr. Goodbar」なのでしょう。

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部屋の壁にジャニス・ジョプリンのポスターが貼ってあるのも、いかにも女性解放を求める時代背景という感じ。

(転落というなら東電OL事件のほうは確かに転落の匂いがしますが、あの事件を元にしたものでは桐野夏生の「グロテスク」が面白かったので、そちらはまた今度)

なんと、こんな名作がDVDになっていないなんて驚きですが(輸入盤はあり)、これを観て、「自業自得よ」という教訓めいた話にとられえれると時代に逆行しちゃうので、そういう意味では封印されたほうがよいのか、でも機会があれば一度観ていただきたい映画です。(HIVという病気が登場する前の作品なので、コンドームはしたほうがよいと思いますよ)

バーでグラスを傾けながら開く本がテレサを演じるダイアン・キートンの出世作「ゴッド・ファーザー」でした。

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