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高遠ユミ(yumi131ff)

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「それともあの人、今でもリリーちゃんがいなかったら不足を感じるのでしょうか。そしたら貴女も私と同じに、猫以下と見られているのでしょうか」

「春琴抄」以来の谷崎潤一郎です。
気ままな猫と忠実な犬、どちら派かで好きになる人のタイプがわかるとはよくいいますが、「猫と庄造と二人のおんな」、猫を中心に繰り広げる男と女の愛憎劇。

「痴人の愛」や「春琴抄」に比べると軽妙でどこかユーモラスでありますが、猫を取り巻く人々の心理描写の見事なこと。
「春琴抄」の主人公たちの本心は最後まで本人たちにしかわからない秘密のベールに覆われていたのに対し、本作は嫉妬・未練・邪推が交錯する心の綾、折々に変化する登場人物のなまの気持ちでいっぱいです。
読みながら、谷崎潤一郎ってうまいなあ、うまいなあ、と唸りつつ、そしてにやけつつ読んだのでした。

kouzan17.jpg

 宮川香山 「高浮彫牡丹煮ニ眠猫覚醒蓋付水指」
(これ、可愛すぎるよね!)

〈あらすじ〉
呆れるほどの猫好き庄造。その妻・福子のもとに、庄造の前の妻・品子からの手紙が届く。皆で結託して追い出した前妻が、寂しい暮らしの慰めに猫のリリーを譲ってくれというのだ。庄造にはもう福子という最愛の人がいるのだから、猫ぐらいこっちに貰ってもよいでしょう、それとも福子さんも猫以下ですか、という内容。前妻の企みと腹の底を探るべく思いを巡らす福子だが、庄造の度を越した猫の可愛がりように我慢の限界を超え、とうとうリリーを品子に譲るよう言い渡すが──。

この作品、以前テレビドラマで観てすごく良かったので、その印象が鮮やかです。あれDVD化して欲しいなあ。

几帳面で気が強く、しっかり者であるばかりに姑のおりんと反りが合わず、おりんの策略で追い出された品子。
庄造の従妹で、恋愛沙汰が絶えず女学校も途中で辞めてしまった享楽的な福子。駆け落ち騒ぎが世間に知れ渡り嫁ぎ先に困っていた。
それから三人目の女は庄造の母・おりん。銭勘定にはしこく、呑気な息子の代わりに行く末を計算し、裕福な兄の娘・福子を嫁にしようと品子を追い出す。

「春琴抄」や「痴人の愛」のようなエロティックさはないかと思いきや、庄造がリリーと戯れる描写などほとんど恋人同士の戯れに等しい艶めかしさです。読んでいるといつの間にか、猫と亭主をそばで見つめる福子の目線と一緒になって見ているのです。

かつては品子の追い出し作戦に乗っかるため、猫に嫉妬する品子を嘲笑していた福子。
「そんな次第で、此処へ来てからもリリーを可愛がってやって、精々猫好きで通していたのだが、だんだん彼女はその一匹の小さい獣の存在を、呪わしく思うようになった」

庄造にとってリリーは特別な猫。
初めてのお産のときなど自分の身に何が起こっているのかわからず、押入れのサイダーの函に入れられて、すがるような眼は、
「最早やあのいたずらな子猫の眼ではなくなって、たった今の瞬間に、何とも云えない媚びと、色気と、哀愁とを湛えた、一人前に雌の目になっていたのであった」

「仔猫のときにはあんなに快活に、愛くるしかった彼女の眼が、いつからそういう悲しげな色を浮かべるようになったかと云うと、やはりあの初産の時からなのである」

「『リリー』
 と呼ばれると、
『ニャア』
と云いながら寄って来る。そこを摑まえようとすると、又するすると手の中を抜けて行ってしまう。庄造は猫のこう云う性質がたまらなく好きなのであった」

庄造にしてみれば、動物というより一人の女。

さて、庄造という男はというと、品子が云うに、美男子ではないが人好きする男で、商売っ気がなく頼りないが、
「へんな可愛気のある人なので、一人前の男と思えば腹が立つこともあったけれども、幾らか自分より下に見下して扱うと、妙にあたりの柔かい、優しい肌合があるものだから、だんだんそれに絆されて抜きさしがならないように」なった次第である。

そんな庄造に未練のある品子が、庄造をおびき寄せるもくろみで、嫌いだったリリーをまんまと奪ったはよいが、いうことは聞いてくれず、逃げ出しはしないかと気が気でなく、手にした途端、生活のすべてが猫中心となってしまう。
とうとう逃げられ、また何と言い訳しようと猫のことで頭がいっぱい、そして無事戻ってきたときには涙が出てきて、
「なあ、リリーや、もう何処へも行けへんなあ」
と抱き締める。ここも印象的で、リリーに言ってるのと、もしかしてリリーと庄造を重ねてもいるようでもあり、リリーだけが慰めとなる切ないシーン。
この日から品子にとってリリーは、かつて庄造がそうしていたようにかけがえのない存在となり、妹夫婦の二階を借りる肩身の狭い暮らしの心の支えとなる。
猫トイレの砂ひとつ取って来るのにひと苦労し、
「全く、リリーのためでなかったら、誰に頼まれてこんな嫌な仕事をしよう、だが又リリーのためならばこういう苦労を厭わないとは、何としたことであろう」

そして庄造は庄造でリリーを忘れられず、妻の前では、「リリーの『リ』の字も口に出さないでいるものだから」品子との仲介役である畳屋の塚本に鬱積した切ない思いを聞いてもらおうとするが、畳屋は仕事に忙しく聞く耳持たず、ますます気が揉めるというあたりも巧いなあ。

そしてついに庄造は福子の目を盗んでリリーに会いに行こうとするが──。

syouzou.jpg

リリーという猫に対する愛情・嫉妬、猫の気持ちを察しては愛おしんだり、反省したり、憐れんだり、自分自身の気持ちを投影したり、一匹の猫を中心に話が回ってゆくのが見事な作品。

検索してみると、ドラマは1996年の番組だったようです。
庄造:藤田まこと
品子:いしだあゆみ
福子:麻生祐未

ドラマでは福子が洋装の「モガ」(モダンガール)。気まぐれな、いわゆるネコ科の女。
「御所の房の二階座敷で(中略)涼しい渓川に音を聞きながら、ビールを飲んでは寝たり起きたりして過ごした、楽しかった夏の日」のシーンが初めのほうにあり、座敷に大の字で口をあけてだらしなく寝そべる福子がえらく印象的で、これを観てから麻生祐未のファンになりました。(最近では「カーネーション」のお母さん役が良かったな)

原作にはない、福子が男友達と逢引きするシーン、遊びはおしまいにして親の勧める相手と結婚するという男が、
「福ちゃんかてモガの女王様気取ってたくせに、あんなオジサンと結婚して」
「でも福ちゃんは利口や。あの人なら福ちゃんがおばあさんになっても福ちゃんを女王様扱いしてくれるやろ」
というのを聞いて、急に甲斐甲斐しく夫の世話を焼き出すという展開もありました。ドラマはドラマですごくよく出来ていたので、CSあたりでやってくれないかなあ。予定があったらまず私に教えて欲しいです。

読みやすい新潮文庫。大阪弁の解説はもちろん、「リヤカー」なんて物の説明も。そうか~、若い人はリヤカーなんて見たことないのかも。

この文庫の、磯田光一という文芸評論家の解説がまた素晴らしく、猫への、異性への、従属という名のマゾヒズムを解説しており、

「しかし人間が自由になったとき(中略)彼がそこに見いだすのは、もはや何もすることがないという現実である」
「初期の谷崎潤一郎にとって、『美』と『悪』はほとんど分かちがたい同意語であり」
「むしろ人間は何ものかの前に敗れることによって、はじめて人間たりうるという思想を語り続けたことにある」

猫の名前が「リリー=百合」すなわち「純粋性」の象徴であり、
「薔薇の情熱を持たないけれども、水仙の清潔さとも異質」
「ゆりは一種の妖艶な香気をもちながら、なおかつ純粋さをもった存在」

「人間は進歩や解放などを求めてはいない」
「人間が心の底で求めているのは、女であれ猫であれ、あるいはイデオロギーであれ、一つの対象のために奴隷になるということである」

な、な、何、このカッコ良すぎる解説! 
こんなにストンと作品を言い表す解説、初めて読んだかも。
「従属」に対する見解、これは「O嬢の物語」の解説に置き換えても十分使えそう!
磯田光一って何者~~?  
解説者に興味が湧いた小説なんて初めて。


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