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高遠ユミ(yumi131ff)

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「地獄への道は善意が敷き詰められている」

たまにチラチラ観ている程度の政治ドラマ「コペンハーゲン」、この回は売春がテーマで、冒頭にこの古いことわざが引用されていたのですが、お恥ずかしながら初めて知りました。
具体的な意味がよくわからなくて検索すると、どうやら解釈に人それぞれ若干ばらつきがあるようですが、個人的にしっくりきたのは、
「善意からの行動や考え方が正しいとは限らず、むしろ悪いほうへ導くことが少なくない。『間違った善意』がやっかいなのは、善意を持つ人は自分の考えを正しいと信じており、また、一見正しく聞こえるため多数派の賛同を得やすく、権力を持ちやすい。『わかりやすい悪』より性質が悪い」
というものです。

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デンマーク製作「コペンハーゲン」シーズン3の
第5話「汝、姦淫することなかれ」

〈あらすじ〉、
拘束され売春を強要されていたルーマニア人女性たちのニュースが報道され大きな話題に。労働党のペアギネ・マセンが「女性を物のように扱う」売春禁止の法案を可決させるべく動き出す。元女性首相ビアギッテ・ニュボー率いる新民主党も当初はおおむね禁止に賛成の意向だった。

性に対しオープンな北欧諸国の中でスウェーデンが2013年に売春を禁止したが、しかし良い結果に結びついていない、つまり、合法的に売春する場所を失った結果、路上売春婦が増え、客と交渉しているのが見つかると逮捕されるため、じっくり交渉し、相手がどういうタイプか見定める間も無く急いで客の車に乗ってしまうことから暴力やレイプの被害が増えたという。また、人身売買のような犯罪と売春そのものは別問題という意見もあり、ビアギッテは単純な決断は危険、と同意を保留する。
マスコミは、「元女性首相が性犯罪の加害者に味方するのか」とバッシング。
イメージダウンに戸惑う新民主党だが、「感情や戦術に基づいた法律はいとも簡単にダメになる」というスタンスを貫く。

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誹謗中傷ばかりが飛び交う中、イリーネというセックスワーカー団体の女性がコンタクトを求める。イリーネは、デンマークの売春事情はそう悲惨ではなく、犯罪行為に関わる場合を別として、自らこの仕事を選んでいる人も多く、きちんと税金を納めているのに偏見に晒される現状を改善したいという。
女性として売春行為には決して賛成できないビアギッテやカトリーネだが、「売春の取締りは一部の人たちの自己満足に過ぎない」というイリーネの意見を聞き──。

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「個人的には、幸せな娼婦というのがなかなかイメージできなくて」
というカトリーネに、
「職業で幸せを連想しようとするのがおかしい。幸せな看護師とか、幸せな警察官とはいわないでしょう?」とイリーネ。
「一般的に、売る側と買う側はお互いに利害が一致して理解し合っている。麻薬の取引も暴力もない」

公聴会が開かれ、イリーネも発言者として参加するが、各党イメージアップ戦略のため売春と犯罪をすべていっしょくたにし、「売春婦=気の毒で救済が必要な女性」という一方的な意見ばかり。
売春の経験による心的外傷に苦しむ人々のデータが挙げられるが、実はその調査は南アフリカ、トルコ、アメリカ、ザンビアなどの国の路上売春婦を対象にしたもので、その多くはホームレスか薬物依存者か戦争の犠牲者であり、デンマークの娼婦には当てはまらないというイリーネの発言はさえぎられ、問題は次々とすり替えられる。

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「売春する女性は幼少期に性的虐待を受け、性的モラルが麻痺している」
「体を売ることが自傷行為と気づいていない」
「世の中に自ら進んで体を売る女性などいるわけがない」
と決めつけられ、まるで正常でないような見下され方に激しく傷つくイリーネ。
このシーン、「道徳的で正しい」意見を述べているはずの人々の顔が卑しくて(本当の目的は女性の救済ではないから)印象的。

さらに、「進んでやった」という主張は、
「客や、子供とセックスする人間にとって好都合。彼らだって、子供が進んでやったと主張するだろう」
といわれ、
「フェミニズムはこの百年、女性と子供を区別しようとしてきたのに、無駄だったみたいね」と落胆するイリーネ。

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党内やテレビ局、ビアギッテの周囲でも内輪で様々な本音が交わされ、

美しく異性からモテる人が適性を活かし売春で成功する話を聞き、
「転落人生」と決めつける意見。
サービスを買っているので、人を買うわけではない、という意見。
体だけの関係を持ったことは? と訊かれ、あるけれど金銭が絡むのとは違うという考え。
ビアギッテがかつて個人的に話した他国の女性首相は、
「首相なんて仕事をしていると性生活ができなくなる。でも性欲が消えたわけじゃない。だからお金を出してホストからサービスを受ける。罪悪感はない」と語った。

個人的には禁止したいがそれは上品ぶっているのか、と自問自答するビアギッテやカトリーネだが、女性シェルターが提出したデータの数字が改ざんされていることを知る。助ける女性の数が多ければ補助金の額が増えるから。また、問題が大きく見えるほど禁止派の党が得をする。

禁止しても娼婦たちが他の仕事にすんなり転職できるとは限らず、結局隠れて商売をすれば暴力に遭いやすく不衛生になるのが目に見えているのに、禁止派のマセン(女性)たちは自分たちが売春に関わることなんて一生無いと思っているからどうでもよいのだ。

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テレビの討論番組で、労働党マセンが過去に行った公聴会には娼婦本人たちが参加していないと指摘するビアギッテ。
売春が職業とは認めない、路上だろうとどこだろうと女性は体を売るものではないというマセンに、
「私がこの場合にいうモラルとは、違う生き方の人を受け入れる社会を作れるかということです。個人的には彼女たちの生き方を理解できませんが、ひとつの選択として受け入れます」
「彼女たちには助けが必要なの」と譲らないマセンに、
「あなたが助けてくれるというのなら、こんないい話はありません。どうかぜひ彼女たちの話を聞いて、彼女たちが望むように助けてあげてください」

私生活では出産後、夫とセックスレスになっていたカトリーネ。別れた今でも関係は友好的なのに、
「家族になってから、きみを女として見られなくなった」
と告げられる。

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「あなたたちに権利を与えたいけど、どうしてこんなことをしているのかわからない」
というカトリーネにイリーネが、私たちはサービスで歓びを与えるのだと答える。

「誰にでも」
「違う。必要な人によ。どんな人にだって慰められる権利はある。それに向いてるの。私もセックスが好きなのよ」
「でも、イヤなときだってあるでしょ?」
「もちろん。あなたの仕事だってそうでしょ?」
「その仕事で傷つかないはずがない」
「そうでもない。愛とセックスは別よ」
「私はその二つをひとつにしたいと思うけど」
「私もよ。夫とね。今までに一夜限りの関係とか経験ないの?」
「……あるわ」
「セックスだけってこと、あるでしょ」

ビアギッテは、売春に関する法律が不透明であると主張。
体を売ること自体が許されても、その場を提供し利益を得ることは犯罪となり、売春婦のための電話受付や税理士が逮捕されることもある、という非論理的な現状を訴えるが──。

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世界最古の職業ともいわれる売春は、表向き禁止しても決してなくならない。国により法律は違うが、性風俗は厳しく禁止し過ぎると、日常生活で性交渉を持てない男性もいる中、性犯罪が増えるというリスクがある。また、禁止すると隠れて行う人が必ずいるため、犯罪絡みになりやすい。むしろある程度公認された場所で行うほうが女性の危険も少なく衛生面も管理されやすい。

日本では管理売春は禁止されているので、ソープランドも建前上は入浴料を店に、サービス料を女性に払うということになっているらしい。ソープ以外にもありとあらゆる風俗業があるのはご存知の通り。
特定の相手(愛人や恋人)から金銭やプレゼントを貰うことは違法ではない。(大きく括れば「養ってもらう」という概念の専業主婦まで売春に当てはまってしまう)

被害者ではないのに勝手に都合よく被害者にされるという矛盾。
逆に、かつて「レイプ」というものを立証するのが大変だった時代には、被害者が被害者として認められず、「露出の高い服装や態度など女性側にも責任がある」「本当にいやなら抵抗できたはず」と非難する人の中には同性である女性も少なくなかったのだからビックリです。(最近でも某事件の被害者に対し、「逃げようと思えば逃げられたはず」という書き込みを見て驚いた。怖い目に遭ったことのない人は「怖くて逃げられない」という状況が想像できないらしい)

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何が良くて、何がいけないのか、生まれた国や時代によっても変わる、あなたの、私の「常識」は誰に刷り込まれたものでしょう。
禁止することで良くなることもあれば逆効果なものもある。
かといって仮に完全に解放するとどうなるのだろう。混乱するのか、それとも簡単に手に入りすぎるものに興味は失われるのだろうか。
若い世代は風俗にも、性そのものにも関心が薄くなっているという。
性犯罪はなくならない一方で少子化が進む世の中。ひと昔前まで大人たちは子供の関心をセックスから逸らせるのに必死だったけれど、今度は興味を持たせるためのセラピーも出現。

こうしたほうが、ああしたほうが、と議論しながら私たちはモラルの周りをぐるぐる回り続けるけれど、きれい事でごまかされないよう、そして多数派に流されないよう、物事の本質をよく見てみなくちゃね。

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