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高遠ユミ(yumi131ff)

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「無伴奏」


久々にタクミくんネタいきましょう、「無伴奏」。ネタバレありありで。
「恋」と同じ小池真理子原作…微妙な予感。
ドラマチックで華麗な恋愛ものが好きな人は好きなんだろうな~と思いつつ映画館へ。

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〈あらすじ〉
学生運動盛んな60年代終わり。
父の転勤で東京へ行く家族と離れ、仙台に残り伯母と暮らすことになった高校三年の響子。
周囲の影響で制服廃止闘争委員会などやっているが、政治活動に本気ではない。
友人に連れていかれたバロック喫茶「無伴奏」で、大学生の渉、祐之介と知り合う。渉に惹かれ、祐之介の恋人エマを交え4人で過ごす日々。しかし渉はどこかつかみどころがなく、一緒に居てもなぜか遠く感じる。渉の姉で美貌の勢津子に紹介されるが、姉弟の親密すぎる雰囲気に響子は嫉妬する。
やがて訪れる初体験。だが、彼の心は本当はどこにあるのか──。

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「誰だって四六時中、自分をとりまく世界について思いを馳せているわけではない。時には世俗に溺れることもある。(中略)水死体は、なってみると案外、居心地は悪くない」

〈キャスト〉
響子:成海璃子
渉:池松壮亮
祐之介:斎藤工
エマ:遠藤新菜
勢津子:松本若菜

まずは原作を読まずに映画だけ観た感想は、画が綺麗でした。
風にざわめく竹林と、4人で黙って沈む夕日を眺めるシーンが一番印象的。

この時代に青春を過ごしたオジサンたちが、「俺の若い頃は政治活動に熱中していたのに今の若い子たちは」などいうのはくだらない。学園紛争なんてくだらない。持て余したエネルギーを何に使ってよいのかわからない連中が時代によってハマるもののひとつに過ぎない。
原作に出てくるTのように、本当は「バリケード封鎖された校舎の中で誰と誰がセックスした」なんてことしか興味ないのだ。
このヒロイン響子のように、
「本当はベトナムも安保も沖縄もどうだってよかった」
というのが正直なところ、という人が少なくないと思う。

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渉と勢津子の近親相姦ぽいエピソードって必要だった? そっちと思わせ、真相はこっち、と惑わすため? 
勢津子役の松本若菜、和服の所作が綺麗。それに比べ、伯母さん役の藤田朋子が、いつも和装の役なのにぜんぜん着物を着慣れていない。どのシーンも貸衣装みたいだった。

響子やエマの、60というよりほぼ70年代ファッションは似合っていて可愛い。水着もね。

古い茶室の祐之介の部屋。茶室だろうがアパートだろうが狭い隠れ家にもぐり込んですることは、酒・タバコ・セックス、いつの時代も同じです。
セシルカットのエマ、タクミにそんなことされて、お姫様抱っこされて羨ましいぞ。

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成海璃子は清潔感あり役柄に合っていたと思います。
ラブシーンは、あら、乳首は絶対NGなのね。それはいいけど、だったらもう少し自然に見えるような撮り方してあげればよかったのにね。初体験なわけですから、見られること自体が恥ずかしくて胸を隠しているとして、その必死で隠す手をやさしく解きながら見えない角度へ、とかいろいろあると思うのですが、見せないわりに長いんですよ、このシーン。さっぱりエロくなくて痛々しくなってきました。

好きな方には申し訳ないが、池松壮亮という人の良さもこの映画ではよくわからず、この人と斎藤工のラブシーンもなんだかな。祐之介の、エマちゃん相手のシーンはけっこう良かったのですが、渉とのシーンはただ片手でぐるぐる撫で回してるだけ。「男の体に触りたいところなんてない」という本音が出てしまっていて、役柄と逆なんですね。

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30代半ばで大学生役って、もう体の線がキツイよ。間違いなく中年の体だもん。「年上の友達」とか「先輩」とか、そのくらい設定を変えてもよいではないか。って、それは本人の責任ではありませんからね、キャスティング決める人、考えてあげましょうよ。
タクミくんはあのわざとらしい目の演技をやめたらよいと思います。あれをやめるだけでもだいぶマシになるんじゃないかな。「見る」という行為を、もっと普通にできている璃子ちゃんとか周りの役者さんたちを観察してみたらよいと思います。
勝手なこと言ってますが、好きなんだよ、タクミ!(笑) ほんとだよ!


「欲動」のラブシーンも「長い」と思ったけど、「長い」と感じるラブシーンってダメなんじゃないか? 「もうちょっと観たい」じゃないと。
本物のセックスそっくりな手順を一から十まで演じて見せられてもそれが何なの、という感じ。
前回の「美人図」で久々に「もっと観ていたい」ラブシーンを観て、リアルなだけでもなく甘々なだけでもない、AVとも漫画とも違う、映画ならではのラブシーンってこういうのを求めてるんじゃない? と思ったのでした。あくまで個人の感想です。

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その後原作を読んでみて、突飛な感じは映画より和らぎました。
「ゲバルトローザ」やら「セクト」やら、そんな言葉はわからなくても問題ありません。「自分を嵐の中に駆り立てていくことに満足を覚えていた」だけ。恋した途端に学生運動なんかどうでもよくなって放り出してしまいます。
十代というのはほんの二、三歳年上の人がずっと大人に見える時期なので、響子が渉たちに子供に見られたくなくて一生懸命背伸びする感じが可愛い。すぐ赤くなり、渉から「可愛い桃みたいな女の子」と言われる。
複雑な家庭に育って大人びてしまった人へのコンプレックスもわかる。

「私、お嬢さん育ちって言われるのがいやだったの。両親がそろってる普通の家庭の子で、お金に苦労したこともなくて、育ちのいい素直な可愛い響子ちゃん、なんて言われたくなかったの。きれいなことや立派なことよりも、汚いことや悪いことをしていたかったのよ。ただそれだけ。だから疲れるのね、きっと。とっても疲れるの。無理ばっかりしてるのよ。だから頭がこんがらがって、自分の居場所がわかんなくなるんだわ」

奔放に見えるエマも、
「誰の目から見ても祐之介を意識し、祐之介の関心をかいたいと願っている可憐な少女に見えた」
「エマは泣かされても泣かされても、祐之介に食らいついていった。エマが蔭で祐之介のことを悪く言ったり、あたしがいなければ彼は生きていけないのよ、などと主導権を握ったつもりになっている主婦のようなことを言うのを聞いたことがない。エマは祐之介が好きで好きでたまらなかったのだ。多分、理屈抜きで」
と、非常に可愛いですが、○○を武器に結婚に持ち込もうとする辺りでやっぱり図太い主婦っぽくなるんですね。やはり女はたくましい。

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勢津子は映画では「謎」な感じですが、原作ではわかりやすい。地元では浮くような都会的な服装で帰ってきたり、自殺未遂騒ぎなど起こす人で、東京にも地方都市にも馴染みきれないタイプ。
美人だけど神経質で、「白い指先が渉の引き締まった腕に蝶のように儚げにとまり」響子を嫉妬させるけれど、響子が思ってるほど完璧な人ではなく、たぶん同性の友達もなく、恋人か弟か、頼れる人にはべったり頼ってしまうような人。

映画ではサラッとしか登場しないレイコも変わり者でなかなか面白くて、映画だと自殺未遂する人ばっかりで嫌になっちゃいますが、
「ハッとするほど色が白く美人だったが、彼女には協調性とか、明朗さとか、努力とか根気といった、十代の若者に求められるすべての要素が欠落していた」
「可愛い奥さんになって、朝から晩まで家にいるの(中略)旦那様を送り出してしまえば、あとは『おお寒い』って言いながら炬燵にもぐり込んで、夕方まで本を読んでいられるじゃない。御飯の支度と夜のお相手さえしてやれば、後はすべて旦那様が面倒をみてくれるのよ。そうやって、なんにもしないで、年をとっていくのって、案外、悪くない話だと思うわ」

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女性の描写が魅力的なのに対し、男性陣がまさにとらえどころなく、渉なんか「ユダヤ人」を連想する「彫りの深い目鼻立ち」に「つややかな額にひと房、垂れた黒いウェーブのかかった前髪」と、いきなり時代不明の無国籍な少女漫画みたいになるんですね。

リアルなのは、渉と祐之介が「関係が冷えきってしまった夫婦のよう」で、「それぞれが子供相手にだけ喋りかけ」「子供の役割をしているのが私とエマ」というくだりです。

ゲイが認められにくい時代背景、カミングアウトできず、本当に愛し合っている者同士が結ばれていれば女たちが傷つくこともなかったね。
「基本的には女を愛せる」とか「初めから男を愛するように生まれついたわけじゃない」とか言い訳してんじゃないわよ。そりゃ女ともしようと思えばセックスできるだろうし、響子のことも好きだっただろうけど、たぶん妹みたいな「好き」でしょ。
セックスをしようがしまいが、気持ちが繋がっている二人には勝てない。

エマに事実を打ち明けなかったことを響子は後悔するけれど、告げたところでエマの性格なら、「男同士じゃ結婚できないんだし」と強引に祐之介を自分のものにしようとするのは変わらなかったのでは。

一緒に笑っていても、「二つの笑い声が、決して一つに混じり合っていない」というのがすべてだと思います。

↓ エマ役:遠藤新菜 可愛い

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現代が舞台ならオシャレ~な調子になっていたかもしれないんですが、それをイヤミ無く食い止めているのが、学校帰りに食べる味噌ラーメンや、立ち食いの月見蕎麦、犬のエサは残飯だった時代、味噌汁がけご飯だし、ハート型の不二家のアーモンドチョコレートなど昭和のちょっとダサい食べ物たち。

あと、勢いよく立ち上がった勢津子を、
「まるで突然、尿意が我慢できなくなった貴族の令嬢みたいだった」
と唐突に滑稽な比喩が出てくるので気取った感じも免れました。

「紙ナフキン」(「ナプキン」ではない)、「サマーケット」、「チュウインガム」のような懐かしい表記は逆にカッコイイ感じがしました。

映画と原作、両方でしたが、カテゴリは映画にしておきます。


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