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高遠ユミ(yumi131ff)

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最近、絲山秋子を立て続けに読みました。
初めて読む物も、以前に読んだものもいくつか読み返して、とてもしっくりと読み心地の良さを堪能したのでした。
普段はどちらかというと若めの作家の若い話が好きだったりしますが、絲山秋子の小説は大人向けだと思います。どこか不甲斐なく、でも仕方なくがっちり自分の人生を生きる主人公たち。

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絲山秋子の文庫本は裏表紙のあらすじでちょっと損している気がする。なぜって、あのあらすじだけ読むとそれほど面白そうに思えないのだ。話自体は決して派手ではないから。でも面白いのだ。
大人だからって完璧ではないし、エラそうでもないし、優雅で華麗な生活なんかしていない。
登場人物はときにひきこもり(「ニート」)やアルコール依存症(「ばかもの」)だし、妻に先立たれ子供たちは家を出て所在ない中年男(「末裔」)だったりする。

たとえば「ラジ&ピース」
「醜いのは野枝自身だった」
という一行から始まる小説の主人公・野枝(のえ)はローカルラジオ局のパーソナリティで、マイクの前では流暢に喋るのに普段の人付き合いは苦手。身内とも確執がある。
「野枝にとっては他人がいともたやすく、自分のフタをぱかっと開けてみせるのが不思議でならなかった」
「『世の中には、狂人と変態意外いません』」

そんな彼女に人懐っこく接する医者に見えない女医の沢音。沢音みたいに何の躊躇もなく人の懐に入り込む人っている。このタイプに懐かれたら心開かずにいられない、たぶん。
静かな小説ですが、何気にとても好きです。



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それから「袋小路の男」(川端康成文学賞)
強く惹かれているのに絶対寝てくれない男。じれったい。
他の男と付き合ってみるけど、「浮気じゃ何の解決にもならないことが判って」しまう。
心理学のテキストに出てくる、「あなたは好きな人と一夜を共にして別れるか、何もないまま毎日会い続けるか」というのが印象的で、私だったら短絡的でバカだから絶対前者を選ぶんだよな、と思ったり。

周りの女友達が、やれ「人間だって動物なんだから」とか「カラダの相性」とか言うのは、いかにも日常よくある光景で、どうでもいい友達や同僚なんか相手に自分自身もそんなことを言ってることがあったりするんだけど、人と人が、男と女が、なにで繋がっているか、他人にはわからない関係があって、そういう人を前にしてそんな薄っぺらな知ったふうなアドバイスの、なんて安っぽくバカに聞こえることだろう、と恥ずかしくなる思いがする。



「海の仙人」(芸術選奨新人賞)でもセックスしない男女が出てきて、女友達が、「別にやるのがすべてじゃないけどさ、それって彼女がかわいそうじゃない?」と食い下がる場面も本当にあるあるで、客観的に見るとバカ丸出しのおせっかいである。



そうかと思えば「愛なんていらねー」とその続編「不愉快な本の続編」でいきなりスカトロである。前にも書いたけれど、私がスカトロという行為を淫靡に感じてしまったのは「愛なんかいらねー」を読んだときが初めてかもしれない。「不愉快な~」ではチャラチャラした乾(いぬい)の、本当とも嘘ともつかないしゃらっとした語り口が最初は、気取ってんじゃねーよフランス帰りめ、と思っているのにいつの間にか惹かれている。近くに居たら絶対墜ちるだろう、いとも簡単に。愛すべき悪漢小説。





「ばかもの」の二人は言葉よりセックスで繋がる。体に触れることが話すことに勝る結びつき。

ややユーモラスな「妻の超然」。倦怠期を迎えている方にもそうでない方にもおススメの一冊。

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年下の夫・文麿の浮気を見て見ぬふりする理津子。
「文麿のいない家は、当初は寒々しかったが、今となってはすがすがしい」
「陰毛が宙を舞うところを見たことはないが、それがいつの間にか廊下の隅や食卓の下などに移動しているのは日常的に目にするものである」
「連れ込んだのか?
 敵が本陣に攻め込んだのか?」
とテンポ良い、その反面、

「しかし一方で理津子は激しく自分を責めるのだ。性に対して陰湿なイメージと罪悪感しか感じない自分のことを、女としての価値が低いと思いこむのだ。(中略)生物として当たり前の悦びが自分に備わっていないと思う。欠落していると思う」
この気持ちも分かる。厳しい家庭に育ったりすると性を謳歌しようとしてもどこかでブレーキがかかる。でもそんなふうに見られたくなくて一生懸命開放的なふりをする女がどれだけいることか。
それこそ普段言ってることと矛盾するかもしれないけど、「女だって男と同じように性欲があって当たり前、動物だから」、という気持ちの反面、「誰もかれもがセックス大好きなわけじゃない、好きじゃないと人間としておかしいとかつまらないと思われそうだから好きで当たり前のふりをしている」という人もけっこういると思う。
この小説の最後、そのセリフで終わるか理津子さん(笑) これも絲山秋子ならではな感じ。



前出「不愉快な本の続編」の中で乾は、アブノーマルなプレイのことを、
「遠い妄想の世界のなかで化学物質みたいに安定していたことが、日ごとに実現しちゃうのよ」
「バリエーションがあれば飽きないって思うでしょ? 逆なんだ。バリエーションがあればあるほどクリアしちゃったらそれっきりのゲームになっちゃう。妄想してたときの方が幸せだったことに気づくのは手遅れになってからだよ」
ほんと、官能小説の中なんかでコーフンしてるうちが幸せなのかもですよ。


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芥川賞受賞作品「沖で待つ」は、男女の友情。ふいに事故で亡くなった同期の男性社員「太っちゃん」に、主人公がまったく恋愛感情を持っていなかったかどうかはわからない。彼が社内結婚したとき、本当は心の隅で「あっ、やられた」と小さく思ったんじゃないのかな。さすがデキる女はイイ男を見る目がある。

「仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。
 同期ってそんなものじゃないかと思っていました」
私はひとつの会社にそんなに長く勤めたことがないので同期の感覚がよくわからないし、若い時は仕事のために身を削るなんてまっぴらと思ってきたけれど、十二年間メーカーの営業としてバリバリ働いてきた著者の言葉はずっしり重みがある。
小説自体は読みやすく軽やかですが、これは泣けました。「沖で待つ」という言葉もとても良い響き。
若くしてデビューする小説家ももちろん素晴らしいのだけれど、一定期間普通の社会人生活をしてきた人ならではの実直さが滲み出る作品も多い。



上手い文章とはこういうものか、というお手本もいっぱい。

「波打ち際の明るい碧(あお)の海は、一枚の布のように端の方から順々に立ち上がり、ゆるいカーブの壁を作って足にぶつかると、諦めたように白く砕けて引き返した」(海の仙人)

「あなたの家はふつうの二階建ての住宅で、見上げると二階の屋根の雨どいの端にぺんぺん草がすいすいと二本はえていた。あれが、あなたの原点だと私は決めた」(袋小路の男)

「小学生のときの彼は、快活とは言わないまでも何人かは一緒に笑い合う友達がいた。(中略)ところが急に背が伸び始めた頃から、生まれつき悲しい音のする楽器のような人になってしまった」(作家の超然)


「下戸の超然」に出て来る、
「善意には際限がないようでおそろしい。
 悪意というものは怒りと同じでモチベーションを保ち続けるのがおそろしく難しい。ところが善意というものは、ときには人を傷つけながら、人の自由を侵害しながら、イナゴの大群のようにすすんで行く」
これはまさに、「地獄への道は善意が敷き詰められている」ですね。
また、この作品の、酒の酔いを言い訳になあなあにしようとする人、酔った勢いで何でも済ませようとするあざとさへの醒めた目線も好き。
「『せっかくリラックスしてるのに』
 いいや、それはだらしないと言うんだよ」

「末裔」の主人公の隣人が、
「あたしは短気だけどからっとしてるからね」と自分で言けど、
こんな人に限って、
「ちっともからっとなんかしちゃいない。陰湿で粘着質で、手加減もない」
いるいる、こういう人。
優しくていい人だった死んだ奥さんが、実はけっこう腹黒かったくだりも面白いですね。



会社員時代にあちこち地方で転勤した経験をもとに地方事情や方言を活かし、また車好きらしく、どの小説にもよく車の車種が具体的に描かれ、私は自動車はさっぱりなのが残念だけど、きっとこの人物ならこういう車に乗っている、というイメージがバシッとキマっているんだろうな。

「海の仙人」に登場するその名も「ファンタジー」という神様や、ある日帰宅すると家の鍵穴がなくなっていたというカフカみたいな「末裔」のような非日常的なシチュエーションも絲山秋子が描くとひと味違う。ふだんはファンタジックなものなんか読まないよ、という方もぜひ読んでみて。子供っぽいファンタジーじゃないから。

表紙カバーの見返しに、やけに美しく撮ってもらったポートレートを載せないところも素敵です。


これまでに読んだ絲山作品は、
「袋小路の男」(「小田切孝の言い分」「アーリオ オーリオ」収録)
「ラジ&ピース」(「うつくすま ふぐすま」収録)
「ニート」(「愛なんかいらねー」「ベル・エポック」「2+1」「へたれ」収録)
「不愉快な本の続編」
「沖で待つ」(「勤労感謝の日」「みなみのしまのぶんたろう」収録)
「海の仙人」
「妻の超然」(「下戸の超然」「作家の超然」収録)
「末裔」
「ばかもの」
「逃亡くそたわけ」
「ダーティワーク」

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コメント

はじめまして。
通りすがりの者ですが、高遠さんの文章が魅力的で、夢中になってすべての記事を読んでしまいました。

特に、雨宮まみさんさんの訃報についての記事を読み、思わず泣いてしまいました。
ネットの心無い悪口や、決めつけ、憶測を、ずっとずっと悔しく思っていました。
思っていたのに、どう言葉にしたらいいかわからなかった想いが、丁寧な言葉で形として残っていて、やっと心から雨宮さんの死を悲しみ、受け入れることができました。
陳腐な言い方かもしれませんが、雨宮さんも高遠さんのような方に、本質をしっかりと見つめてもらい、とてもとても安心していると思うのです。
素敵な文章を書く方は、優しい眼差しを持っているものですね。
本当にありがとうございました。

甘美な世界を見つけてしまい、どきどきしています。
すっかりファンです。更新楽しみにしています *
2017-04-02 01:13 | キキ #- URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

キキさま

コメントありがとうございます。

雨宮さんの訃報を知ったときは、ネット上の悪口などなるべく見ないようにしました。親しい友人でさえ、ある一瞬の人間の気持ちを支えきれないのに、赤の他人に何がわかるんだ、と思います。ただの憶測の単純さに呆れます、書いてる本人の単純さを晒してるようなものですよね。
キキさんのように理解されている方は寡黙なものだと思います。
あれから雨宮さんの「東京を生きる」という本を読み、改めて感性の鋭さや文章のうまさに感服するやら口惜しいやらです。

私の文章まで褒めていただいてありがとうございます。雨宮さんとは比べものにならなくて恥ずかしいばかりです。
特にブログは忙しさにかまけて殴り書き的にアップすることが多いので、あとから読んで自分で自分の文章のひどさにびっくりしてばかりですが、キキさんのように読んでくださる方がいると励みになります。もう少しマシな文章書かなきゃ(笑)

2017-04-02 13:09 | 高遠ユミ(yumi131ff) #- URL [ 編集 ]

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